流儀解説

【 流祖よりの伝系 】

 戸田清源 - 北条氏邦 - 大福御前 - 強矢弾正維行 - (以下強矢略) - 頼行 - 維利 - 維明 - 庸勝 - 頼忠 -
忠賀 - 維政 - 維賀 - 良輔武行 - 佐登夫(さと) - 小松崎古登夫(こと子) - 矢沢勇夫(いさ) - 村上秀雄(秀子)
- 小林清雄(せい子) - 新田寿々雄(寿々代) - 中村陽一 - 建入久代(二十一代)

【 流儀の沿革 】

 流祖である戸田清源は、越前福井の戦国大名 朝倉義景に仕えた武将で、後に中条流の本流を継いで戸田流と称した。

 流儀は越前から北武蔵に流れ、小田原後北条の三代氏康の三男で、現在の埼玉県寄居にあった鉢形城主、北条氏邦、夫人の大福御前
に伝えられた。氏邦は北条氏勢力の北辺を守っており、豊臣秀吉の小田原攻めに伴って、鉢形城も籠城戦をとって奮戦したが、圧倒的数の
豊臣軍勢により落城した。

 道統は氏邦家臣の強矢弾正維行が四代を継ぎ、甲源一刀流で紀州家指南役となった十三代の強矢良輪武行に至るまで、代々強矢家が伝承
している。武行は江戸四谷に道場を設け、さと夫人と共に多くの門人を育てた。晩年は秩父武甲山麓に過ごして武甲斎と名乗り、薙刀術を
戸田派武甲流と称し、この頃より武甲流が歴史の表舞台に登場する。十四代を強矢さとが継ぎ、以後十九代の新田寿々代まで女性が代を
継承している。

 前宗家 中村陽一は、甲冑武術としての技の味を追い求め続けた。

 【 技法の特徴 】

 一、戦国時代の甲冑武芸である。甲冑着用の武器操作が技の根底となり、防御のうすい部分をねらって薙ぎ上げ、突き入れる。
 二、薙刀の有効な間合いを保つために、手の通いと足捌きにより、長ものを長く使う。
 三、素早い体捌きにより、刃のみでなく石突をも有効に使う。
 四、太刀、槍、鎖鎌などの異種の武器であっても、薙刀一本で対し、全て薙刀が勝つ。

 【 形の名称 】

 正伝として
 薙刀には合薙刀(薙刀対薙刀)十一本、太刀合、槍合、鎖鎌対薙刀 各五本
 鍵付薙刀には太刀合、槍合各五本がある。